女装は精神安定剤・・・???

 女装しているときは心が安らぎ笑顔になれる、そう自然と笑顔がこぼれるの・・・女になって(女装して)お出掛けしている時は心浮き浮きで胸を締め付けるブラジャーも心地よく、すごくリラックスして純本来の素が殻を破って自然と溢れ出してくる。

これが純の本当の姿なんだと思うけれど、でもそれで生きて行くのは大変・・・最近LGBTが少しづつ認識されては来ているけれども現実は厳しい・・・男と女を使い分けて生きて行くのは精神的にはかなりの負担であるが・・・ある時スーパーでショッピングをしている時に純がブラジャーを買ってレジで支払いをしようとしているところに、おばさんがガードルを持ってきてレジの女性に私にはMサイズがいいかしら?それともLサイズかしら?って聞いてきて、純にも同じように聞いてきたのよ困る:)その時なぜだかわからないけれど・・・???純は『あたし男だからわからないわ?』って突然言ってしまったのよ!それを聞いて、サイズを尋ねた来たおばさんを不思議な顔をしてガードルを持って戻っていってしまいました。なぜ、そんな言葉を発してしまったのか・・・???

今思うと、レジで支払いをしようとしているところに不躾に突然Mサイズかしら、Lサイズかしらなんて聞いてくるから、思わず、心ならずもそんな言葉発してしまったのだと思うのよ、その時にレジのおばさんが、いつもそんな姿で生活しているの・・・???と言ってきたので、仕事の時は男そのままで、時々週2回から3回ぐらい女になるのって言ったら・・・『そう、いいわね男と女を半々づつ生きているんだ』っていうから、純はムッとなり本当は女になりたいのよって言おうとしたら・・・その女性は言ったのよ!

『男と女をうまく使い分けて人生楽しんでね、楽しくなければ人生つまらないしね、羨ましいわ』その言葉には偏見とか嫌悪感とかは全然感じられなくて、なんか応援歌のように聞こえたの・・・そして純は男と女の狭間で揺れながらも、男として、女として生きて行くことに少し心安らぐようになってきた。可愛い女を、おばさんを風吹ジュンのように演じて生きて行きたい。

 

 

横浜、みなとみらいにある帆船日本丸の前で女装を、女を演じている純はなんか晴れ晴れとしています。男と女のバランス感覚を大切に生きて行きたいと思います。

 


 


欲望と現実の狭間で揺れる思い・・・

 暑い日々が続く今日この頃、身体の気怠さが心にも陰を忍ばせて・・・それでも女にならないと心が騒めいてしまうのは?

今日はちょっと熟女にしては少し男を誘うようなミニスカートを穿いて散策をしていると、飢えた男どもの好奇心の目が突き刺さるような視線を感じて(実際は思い過ごしかもしれないが)少し微笑んでみる。誘われようと仕向けている純の厭らしい心が・・・

そんな純に悪寒を感じながらも肉体の欲望が込み上げてくるJunという、獣の肉体の疼きを持った陰獣が微笑みかける。

飢えた狼は純の傍に寄って来る、欲望という獣心を心の奥底に隠してニコニコしながら・・・

『おひとり?』なんて純を誘ってくる、純は『もうおばさんだし、相手にしてくれる人もいないし』と流し目を送ると・・・

『そんなことはないよ!十分魅力的ですよと・・・』純は娼婦のような心で斜視を送ると・・・

『僕でよかったら、お茶でも飲まないと』男が常套文句で口説いてくる、嬉しいのだけれど、少し躊躇いがちに『どうしようかな?』なんて呟いてみる。でもね、結局は喫茶店に行って、いろいろ話をして・・・その内に『お食事でも?』となって・・・


 

純は仮面の下に隠された欲望を言い出すことも出来ずに、他愛のない話をして・・・『オリンピックで少し寝不足だね?』とか

『どんなタイプが好きなの?』食事を終えたら・・・ラブホでも行って・・・なんておくびにも出せないし悶々・・・???

あたし❝M❞なのなんて、言えないし・・・そんなとき以外にも、あの〜もし今夜用事がなかったら・・・あたしは少し考えて

スケジュールを見ながら、今夜は空いているわ、大丈夫よ、なんて俯き加減に返事をするの!

じゃあ〜少し町の中を夜風に吹かれて歩こうか・・・なんて純の肩に腕を軽く当てて歩いて行くと、あれっ〜『こんなところにラブホがあるんだ』なんて言って、少し疲れたから休んでいかない・・・???

ええっ〜て言いながらも、ご馳走になったし・・・と少しは期待を抱いて胸をときめかせていることなど、おくびにも出さないで

そうね!外は暑いし、少し涼みましょうか?何て相槌を打って・・・

 

 

こんな風にされて・・・なんてもうないかな?

こうして縛られて恥ずかしい姿にされて目隠しされて・・・でもJunとしては更に詰め物猿轡をされて・・・

変態オカマ、こんなにされてここだけは固くなってと言われてしごかれたり、鞭打たれたりして涙を流して泣き喚きながらも感じている・・・女装マゾと言う蟻地獄の中で生きて行くことはひと時の喜びと果てしない後悔の中で生きて行くこと。

純の身体が健康である限り、この蟻地獄からは決して逃げ出せない哀しくも嬉しい宿命なのだろうか?

だって、あのひと時の目眩く快感は何事にも代えられないものだから???


蓮の華に誘われて・・・

暑いですね!本当に蒸し暑い!こんな日はラブホなんかで縛られて・・・そんなことにはしばらくご無沙汰している純です。

なんか少し欲求不満かしらmoeハートハートきらきらバラ・・・

そんな変態純の心を癒すために蓮の華に誘われて・・・お釈迦様のように悟りの境地に達するように・・・???

Junになれない純が純のままで・・・すました純もいいかなと思って、行田の古代蓮池にて・・・誰かこんな純を・・・

Welcome to hell ! と言いながら・・・純からJunに!!!

 

 

 

お釈迦様の謎の微笑みの奥には、純の微笑の裏に隠されたJunの苦悶の喜びがあるように・・・何があるのかしら???

蓮は汚水の中から茎を精一杯伸ばして綺麗な華を咲かせる・・・人の心の奥底にはドロドロとした欲望が蠢いていても、

一本のか細い茎を通して浄化し欲望を抑え込んで蓮の華のように善と言う花を咲かせる???

でも、断ち切れない欲望は性(サガ)は竜巻のように突然舞い上がって来る・・・誰か、女王様、純を下僕にして・・・Junにして下さい。そして社会表面上は仮面の夫婦として・・・そんな思いが募る日々です。

 

 

作り笑いがうまくなりました、ルージュ引くたびにわかります・・・中島みゆきの『ルージュ』という歌詞の中に、こんなフレーズがあります・・・純も随分作り笑いがうまくなったような気がします・・・作り笑いが苦悶の叫びとなり目に一杯涙を浮かべた泣き笑いに・・・媚び笑いになって奈落に堕ちて行きJunとなる時は、そばに仮面夫婦の女王様が居ればいい。


 

その時に蓮華に座ったお釈迦様が微笑んでくれたら、純はJunのままで地獄のような桃源郷を彷徨いながら嬉し泣き笑いで・・・

失神・・・もしかしたら天国かも、そんな風になれたら嬉しいのかも???

 



 

 

 


心の闇にある沈殿物のような欲望は・・・

暑い、暑い、サウナに入っているような表通り・・・何も日本だけでなく地球的な異常気象で豪雨や旱魃が世界中いたるところで起こっている、その異常気象のせいでもあるまいが凄惨な事件がバングラデシュのレストランで起きてしまった。日本人7名が殺害されてその衝撃が日本中を駆け巡っている。十字軍遠征に端を発した宗教戦争は終焉の時を迎えることはないのか・・・?

それは人類滅亡の時、宇宙を創造した神は地球に芽生えた醜い争いを嘆いているのだろうか・・・?

異常気象は人々の心の片隅にも影を落とし人間世界の滅亡をも促しているかのように思えるのは神が怒っているのだろうか・・・?

 

このような状況の中でも、人はそれぞれ拭いきれない欲望の葛藤の中に日々を過ごしている、純も心の闇にある沈殿物のような欲望の中で葛藤している。『女装マゾ純』っていう言葉は表の世界では忌み嫌うけれど、裏の世界では心地良く響いてきて純がJunである時を求めている・・・その欲望は消えることがないのは神の悪戯・・・???

 

 

菩薩像の前で手を合わせて笑顔で祈る・・・仏様も、地蔵様も、菩薩像もみな微笑を浮かべているが笑ってはいない。

笑顔は世界の平和を祈る、けれど心の闇を拭ってくれるの悲しみの中にも心の平安をもたらしてくれる『微笑み』なのだろう・・・か??? 『モナリザの微笑』画も微笑みを浮かべている、笑っているのではない。

笑顔は人々の手をつなぎ平和をもたらすけれど、個々人の心の中に深く沈殿している闇を照らしてはくれない。

 

 

 

こんな風にされて喜びに震えている淫乱『女装マゾ純』は純とJunの谷間を彷徨いながらもどうすることもできない。

だから笑顔で心の闇を曝け出さないように隠している・・・そんな心の闇を、純の奥底に沈殿している欲望を曝け出しても、いつもそばにいてくれる人が居ればいいのだけれど・・・それは無理なこと、世間の常識が邪魔をしてしまう。

猿轡をされてアイマスクをされて何も見えない、話すこともできない純はただ聞こえる耳が研ぎ澄まされて色々なことを想像している・・・これからどうされるのだろう・・・一晩中こんな風にさらされて慰み者になり、笑いものにされて、紳士淑女がやって来て純を弄び、Junになって震え喜び悶えるJunを蔑み、罵り、鞭打ち饗宴を開いて・・・オカマのくせにこれは何なの?と辱めを受けながらも、どうしようもなくそそり立ったJunのものを根元から縛っている・・・女の声がこだまする。

『お母さん!』どうしたの?いつも純をお母さんと呼んでいる娘の声がする・・・やっぱりお母さんって、こんな趣味があったんだ

何となくわかっていたけれど・・・本当の娘じゃないけれど、いつもお母さんって読んでくれている娘の前で晒し者になっている。

恥ずかしいけれど・・・でも身体が勝手に反応して・・・このまま、ずっ〜と朝までいたい、言葉で蔑まれ鞭打たれ熱蝋を垂らされて、あそこに貞操帯を付けれれて管理されて・・・でも純の、Junの想いとは裏腹に身体が悲鳴を上げる、声にならない声で赦しを乞うが、そんな声をかき消すように笑い声が部屋中に響き渡っている・・・止めてと言いながら、ホラ!ここはこんなに元気になっている。純はどうしようもない変態だね、お母さん、あたしは帰るからゆっくり楽しんでね、明日迎えに来るからと娘は笑いながら帰ってゆく。このまま純はJunのままで朝まで慰み者として過ごさなければならない・・・それは純がJunになったときの望みであり、欲望であったが・・・肉体が悲鳴を上げて・・・それでも純はJunのままで桃源郷を彷徨って朝を迎えるのだろう。

 

夜が明けて朝の光が・・・でもアイマスクをされた純にはそれを確かめることができないけれど、ザワザワと音がする。

純、Junと言う声が聞こえる・・・大丈夫? お母さん!お母さん!と言う声が聞こえる。

純は戒めを解かれて崩れ落ちる・・・お母さんしっかりして・・・娘が抱き起してくれてバスルームに連れて行ってくれた。

シャワーを浴びて、綺麗になって帰りましょう!

あたしね、娘が言う・・・お母さんのこと好き!大好きだよ!

 

表に出ると朝の眩しい光が差し込んでくる、歩道には季節外れになったバラがまだ咲いている。

バラの季節は、もう過ぎているのにもう一花咲かせようと幾かの老バラが萎んでゆく姿を精一杯見せている、その前で純もすべての闇を覆い隠して老いて行く笑顔を晒して生きて行く。

 


時は流れて、季節は過ぎても・・・

光陰矢の如し、少年老い易く学成り難し・・・ですね。ブログを始めて早6年が過ぎ去ったとは・・・ハワイにいる時に始めたのに、日本に戻って5年の月日が流れてしまった、ああ〜学成り難しではなくて、女装卒業なり難し・・・止めよう、止めようと思っても純の身体が心が求めてしまう儚くも悲しい性が純の奥底に宿ってしまって離れようとしない・・・そんな純がJunになれないこの頃はなんか余計にもどかしくて・・・女装してお出かけして、すれ違う人々に振り返られたり、写真を撮ってもらったり・・・この前もう70歳近いおばさんから・・・美人だねって言われたときは嬉しかったねゆう★バラ(その時は、もうおばさんだからなんて笑っていたけれど・・・)でも可愛いって言われた方が嬉しいですね。moe



今は花菖蒲と、あじさいが見頃です、鎌倉のアジサイ寺、明月院に行った時は、テレビでも連日報道され、土曜日の晴れの日だったので、それはもう、人、人、人の波で紫陽花より人の方が多いんじゃないか???と思いました、はとバスのガイドさんに聞いたら鎌倉の長谷寺(ここも紫陽花で有名なんですが)入るのに2時間半待ちと言われたそうで・・・頭を抱えていました、満室困る
上の写真は東京・文京区の白山神社のあじさい祭りです。



時は流れ季節は巡り、その時々に精一杯に咲き誇る花々でも巡る年にはまた別の芽がでてくのだろう・・・???蜩は短い夏の日を惜しんで声を嗄らして泣き続けるように・・・純も時を惜しんで女装生活を楽しんで、いつか素敵な出逢いを待つことに・・・
求めても、求められないものを追いかけても仕方がない。上の写真は堀切菖蒲園の花菖蒲です・・・誰かが花菖蒲を、純を見ている、そして純はそんな風景が来ることを期待して見上げている・・・花々の片隅に咲く花でも誰かが探し当ててくれるかもしれない・・・それは誰も知らない、中島みゆきの『糸』にあるようにいつ巡りあうのかを私たちは、いつも知らない、けれど神様は知っているかもしれないね???



鎌倉・明月院の紫陽花です、これは未だ三分咲きの頃で、人もあまりいなかった時のものです。
なんか、意図のない筋道で・・・そう曲がりくねった坂道を転がりながらも生きている純の苦悩と楽天を気ままに書いている。
人生は筋書きのないドラマ、重荷を背負うて山を登ったり下ったりの繰り返し、転落と追放に耐えながらもまた歩き続ける。
でも、笑顔だけは、どんな時も忘れずに生きて行きたい。


猿轡が愛しい・・・

猿轡が欲しい、息ができないほどに口一杯にパンティーを詰め込まれて恍惚として悶え苦しみたい、その中にこそ女装マゾ純としての生き様が現れるのだろう、生きていたいという心の叫びがほとばしるのだろうか・・・???
そんな思いは募るばかりだけれど、最近身体が何となく気怠くて、そんな想いとは裏腹に果たして肉体が耐えられるのだろうか・・・???以前のように緊縛猿轡で鞭打たれ喜びを感じることができるのだろうか・・・倒れてしまうのではないのだろうか・・・???と言う思いが脳裡を過る。何が純の体を心を蝕んでいるのか・・・???



以前のように身動きできないほどに緊縛されて・・・でももう無理なのか???心と身体のバランスが崩れてしまっている。
女装してお出かけして他愛のない会話を楽しんで、言葉で弄ばれることでちょっとだけ卑猥を味わって、男の欲情をそそって遊び遊ばれるひと時を楽しんではいるが・・・本当は心身ともに女装マゾとして弄ばれたい、でも脳内がフリーズ(Freeze)して身体が硬直してしまいそうに感じてしまうのは・・・???

純は純のままで居なさいと言うことなのだろうか・・・???もう女装マゾから卒業してただの熟女装子として生きて行きなさいと言う心と身体の叫びなのだろうか、移り行く季節の花々のように春は巡り、夏が来て、秋が過ぎて枯雪になるように、もうそんな時期に差し掛かっているのだから・・・でも季節は巡ってまた春が来ても・・・もう純にはJunになる時は訪れないのだろうか・・・???



バラの花は春薔薇と秋バラと一年に二度も花咲き乱れるのに・・・純の春薔薇は終わってしまっても秋バラはもうすぐやって来るのかもしれない・・・今はその準備期間・・・もっともっと咲き乱れる時が、心身ともに回復して回春が来る時を願って・・・
 

新緑の季節を迎えて・・・

雨風が空気中のゴミや塵、そしてPM2.5も追いやって、ここ数日は真っ青な五月晴れが続いています、心地良い汗が肌を濡らして気持ちも晴れやかになってくれるといいのですが・・・純のもやもやは中々晴れ晴れしくなれないのは、純がJunに成れずにくすぶっているからなのだろうか・・・???どうも身体の調子が今一良くなくて、時々頭がぼやっとする、目眩と言うのではなくなんかすっきりしないのは更年期障害なのだろうか???
そんな折でも女装すると、その時は鬱から躁に変わるのか気分がルンルンになってくるのは・・・やっぱり純は女装子なのか?
それとも中途半端な性同一性障害(Gender Identity Disorder)なのだろうか?
この命題はいつもいつも、そして果てしなく純に襲い掛かってくるのだけれども、いつも結論には至らない、ただ性の矛盾を解き明かすために無理やり自分を納得させている。
そう!今は生きていることが素晴らしいのだ、そして自分の思うままに振る舞えばいいという欺瞞を演じて自分を誤魔化し納得させている。そんな中に居ても女装している、女になっているという実感を肌で、心で感じているひと時が純の男の部分を解放して本来の性に戻って自由奔放に振る舞うことができる・・・暗い男から明るい奔放な女になる。
普通に普通の場所で普通のこととして女として振る舞えることだけでも純は幸せなのかもしれない(普通のおばさんとして)。





表面上は普通に女として生活することもできるかもしれないけれども(最近はLGBTも少しは認識されては来ているが)生活の基本を普通に女で成り立たせることには無理がある(だって、男としての純しか一般社会には認められていないから)
でも、男と女の二つの顔を持つことは苦しみと安らぎが交互に顔を出している二重人間・・・それもまた楽しからずやと生きて行くしかないのでしょうね?



真赤な薔薇には棘がある、ピンクのバラには愛がある、茨の道と愛の道を交互に歩いて行こう。
いつも結論は中途半端で人生は死ぬまで悟ることなんてできないんだね!

ゴールデンウイークも終わって・・・

今年のゴールデンウィークも今日で終わり、長い人は10日間ものお休みで十分休養を・・・否疲れ果ててしまった人も大勢いるのでは? なぜにゴールデンウィークなるものが存在し人々が先を競って高いお金を払って疲労を一杯背負い込んで・・・???
不思議な現象が日本列島を駆け巡る、そしてゴールデンウイークなるものが終わるともぬけの殻のように静まり返って・・・そんなことを言っている純もその喧騒の中に出かけているのだから何とも不思議としか言いようがない風景である。大和民族は同時期にこぞって移動することが身体はしんどいけれど、心には心地良いのかな・・・?日本人には個人行動は変に不安感を持ってしまうのだろうか?昔『赤信号みんなで渡れば怖くない?』なんて言葉が流行ったけれど、みんなと同じことをしていればなんとなく落ち着く、後ろ指をさされない・・・?人と同じことをするとは多数決主義、マイノリティーは後ろめたい気持ちになるような・・・???
そんな大衆迎合的な多数決主義から個性を大切にするというか少数意見者の意見を聞いてもいいんじゃない・・・?
少しづつ社会が一人一人の人権を大切にする風潮が芽生えてきたことは純のような性的なマイノリティーにも門戸が開けてきて嬉しく思っていますが・・・でもまだカミングアウトしたくてもできないもどかしさも感じている。
純はマイノリティー、LGBTのTですが、実際は、女装者というのかGIDなのか、ホモなのか自分でも線引きできないもやもやの中にいる・・・女装者には色んな人々がいて雑種雑多ですが、集団的に集まるところには集まってもノーマルと一般的に言われている空間には中々見られない。そんなノーマルの空間に飛び出している純です、ゴールデンウィークの期間中も、そんなノーマルの空間の中を弾けていました。足利フラワーパーク、おおた八王子山公園、館林つつじが岡公園に行ってきました。

藤とつつじに包まれて嬉しい純です、この日はつつじも藤も色鮮やかでした、特にこんなに真赤なつつじは初めて見たので感動的でした。

純はお邪魔虫になるのでつつじの花だけです。

ここは群馬県太田市のおおた八王子山公園のつつじです、果てしなく続くような赤と薄いピンクのつつじに思わず両手で❝V❞サインをしてしまいました。

足利フラワーパークの大藤は未だ6,7分咲きの状態でしたが壮観でした、アメリカの観光ガイドかで、世界で行ってみたい10か所の一つに選ばれたということで海外からも大勢来ていました。


 

不安が渦巻いて・・・

時々、不安が渦巻いて襲ってくる・・・アメリカではかの有名な人気歌手のプリンスが自宅でひっそり亡くなっていた。
熟女装から熟々女装へと年老いて行くその老いゆく先に待っているものは・・・脳内がパニックになる、心臓の鼓動が激しくなってくるような・・・自分で勝手に脳内からのアドレナインが不老という希望を打ち砕いてゆく・・・いつか純も一人でひっそりと冷たくなって発見されるんだろうな・・・それだったら、それだったら・・・女装緊縛猿轡にアイマスクで身動きできないままに紳士淑女に弄ばれて、笑い蔑まれて・・・それでも肝心なところは固く聳えたって、嗚咽とも苦痛の叫びとも知れない猿轡の奥から漏れ聞こえる呻き声の中で汗と血と糞と小便に塗れてもそんな紳士淑女の笑い声を聞きながら見守られて桃源郷を彷徨いながら六文銭を払って黄泉の国へ行った方がいい、一人じゃないたくさんの人々に見守られて・・・でも殺人罪になってしまうから、そんなことは出来ないよね!醜く朽ち堕ちて誰にも相手にされなくなって・・・神様お願い!綺麗なままで純を黄泉の国まで連れてってください!



と言うわけで神様にお願いしようと・・・でも純が訪れたのは学問の神様の湯島天満宮でした、可笑しいよね、湯島天満宮は学問の神様でその境内にはお願いごとの絵馬が所狭しとあちこちに鈴なりどころか折り重なって・・・神様も大変、純の願い事何て焚火の
煙とともに消え去って神様なんかには届かないよね。



でも、このパニックは精神安定剤を飲むと脳内の活動が不活発になるのか自律神経失調が軌道修正されるのか副交感神経が交感神経との戦いに勝利するのかわからないけれど徐々に和らいできて・・・



大丈夫、大丈夫だよ!まだ、まだもう少し元気に頑張ろうねと言ってくれるかのように穏やかになる不思議な薬に助けられて純は今日も生きていられる・・・脳がパニックななると心臓の鼓動が激しくなり血圧が上昇して顔が火照ってきて、目眩もして倒れるんじゃないかと言う状態になるのにたった一錠の薬がそのパニックを抑えてくれる・・・神様より薬?
綺麗じゃなくて、可愛いおばさんになりたい・・・風吹ジュンのようにね。名前御変えようかな、真咲純から風吹純にね!

桜の季節も通り過ぎて・・・続き

寒かったり暖かすぎたりと季節に背いた日々が続いた今年の春でした、そんな訳でもないと思いますが、今迄罹ったことのない花粉症に罹ってしまいました、それでもカラオケ仲間に誘われて隅田公園へ・・・この日は晴れていてあちこちにブルーシートが敷かれて花見を楽しんでいる人々で溢れていました。花粉症の為か鼻がぐずぐずしているのでマスクをして出かけました。マスクって便利ですね、少しぐらいお化粧が剥げても隠せるし・・・でも、こんな時でもへんなことを考えてしまうというか、脳内の変態しずくが染み出て来るのか・・・マスクの下に猿轡をされて(パンティーを詰め込まれ、ガムテープでしっかり押さえつけられた)なんて想像してしまいます、そんな純のマスク姿です。



マスク姿もいいですね!なんか内に秘めたるものを覆い隠していながら、純自身は感じてしまっている、純の目が何かを求めているように感じてしまう・・・純からJunになったような感覚に襲われます。やっぱり桜吹雪が吹いても純はJunになって散りゆく桜のように純もまた純からJunに堕ちて行く、そんな想いに駆られてしまいます。
新宿御苑にて安倍首相が芸能人とかを招いて花宴会を催しているのをテレビで見て八重桜が現在五分咲きですが、ここ新宿御苑には色々な種類の桜が満載ですと言っていました。そんなテレビを見て八重桜が見頃になったころを身図って新宿御苑に行ってみました。八重桜が地面の方にまで垂れていて、桜の中に埋もれるように写真を撮ってもらいました。


御苑内を歩きながら結構外人客も来ているなと感じていました、そして聞きなれた言葉がタイ語が耳に入ってきました、見ると母娘らしき二人が色鮮やかな濃いピンクの桜の木の下で写真を撮っていました、タイ語で話しかけながら少し談笑して娘と一緒に写真を撮ってもらいました。なんか懐かしい日々を思い出しながら女中と戯れたというか、女中に頼んで女装マゾとして虐げられて喜んでいた純からJunになった日々さえも思い出して・・・こんな見事な桜の中でも変態を垣間見てしまう女装マゾ純でした。



笑顔の中に隠されたマゾヒズムは永遠に消え去ることはない・・・その狂おしさに耐えきれなくなった時に純はJunになることができずに桜吹雪のように散ってゆくのだろう・・・姥桜になって。
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